Les Vindanges en CHAMPAGNE
〜あるシャンパーニュメゾンの収穫風景〜
TARLANT

 

「今年の収穫は16日(月)頃から始まると思います」。9月6日にマダム・タルランことミシュリーヌさんから来たメールにそう書いてあった。その後タルランで収穫風景を見せていただくことが決まったが、収穫開始予定日は当初の16日より、1日、また1日とずれていった。というのもこの週に入ってからのシャンパーニュ地方は、週間天気予報によると晴天続き。より熟した小さな果実を収穫したいと願うメゾンが、収穫期間中起こるであろう色々な出来事を考慮した上で少しでも収穫時期を遅らせたい気持ちはよく分かる。同時にこれはもし収穫開始日を16日のまま変えなければ、少なくとも収穫期間中の雨はほぼ避けられるにも拘わらず、少しの犠牲を覚悟してもより高品質なキュヴェを生産したいという、メゾンの賭けでもある。
最終的にタルランは19日の午前中より収穫を開始することに決定。収穫は年によるが10−12日間続くそうだ。今回は収穫の前日、18日より滞在させていただくことにした。

収穫前日の風景

到着した日の午後は、まさにピカピカの晴れ。気温は24度くらいだが、この時期のフランスは太陽が出ると気温以上に暑く感じられ、夏の名残すらあるように思われる。
 しかしメゾンの様子は7月下旬に訪問した時とは随分変わっていた。タルランではヴィエーユ・ヴィーニュの他に、その年によって優れたキュヴェの醸造をバリックで行うのだが(新樽比率25%)、その樽の最終準備のために、メゾンの敷地内には所狭しと樽が並べられている。

樽の熱湯消毒

樽を程良く湿らせた後に天日干し

硫黄が燃えた時に出る亜硫酸ガスを利用した樽の内部の殺菌。先代のジョルジュおじいちゃんが樽の口の大きさなどを一つずつ確かめながら、丁寧に仕事を進めていく

 また普段の醸造所には、来客に説明するための写真や土壌の標本等が置かれているのだが、そういったものは一切取り払われ、木製の垂直圧搾機(4000L入り)が二つ、出番を控えて鎮座している。すがすがしく頼もしい。そしてこの圧搾機から直接地下のタンクに果汁が流れる仕組みになっているのだが、地下のタンクもピカピカに磨かれている。 醸造所の片隅には仮設の事務所兼食堂が設置され、ミシュリーヌさんがヴァンダンジャー(収穫をする人)一人一人にサイズを聞きながら、レインコートや長靴、そして収穫用のハサミやバケツを渡していく。醸造所を出るとブドウを運搬するためのカゴが熱湯消毒されて山と積まれ、天日干しされている。 ミシュリーヌさんは「偉大な日のための準備(Les preparations pour le grand jour)」とメールに書いていたが、流れている空気は緊張感の中にも、何か嬉しさを隠せないようないそいそとしたものだ。「毎年やっているのに、始まると必ず足りないものとか出てくるのよね」と笑うミシュリーヌさん。収穫・醸造の指揮はご主人のジャン・マリー氏が取るが、裏方の指揮は全てマダムであるミシュリーヌさんの仕事だ。2週間近く続くこの期間中、皆の志気を下げないためにはマダムの人柄と仕事ぶりが大いに重要だが、そう言う意味でもミシュリーヌさんはまさに「マダム・タルラン」。見惚れてしまう。
 この日、醸造所とメゾンの電気は夜中になっても消えることは無かった。

木製の垂直圧搾機。ブドウの到着を待つばかり

醸造用タンク

ブドウを運搬するためのカゴ

事務所兼食堂。期間中家族と従業員はここで食事や束の間の休憩を取る。また入り口にはパソコンが設置され、収穫されたブドウのデータをその場で入力していく

収穫当日

畑の風景

 

シャルドネ

ピノ・ムニエ

通り雨の後のカタツムリ

ボニー一家

タルランはウイィ、ブールソー、スユ・レ・コンデ、サン・アニャンに計13haの4つの畑を持ち、それらは更に43のパーセルに分かれる。植えているブドウは、シャルドネ、ピノ・ノワールそしてピノ・ムニエ。パーセル毎に糖度の上昇と腐敗果の有無・進行を確認しながら、ベストの収穫時期を決めていく。当然年によってどのパーセルのどのセパージュが最も早く収穫時期を迎えるかは異なり、今年はピノ・ムニエが真っ先に醸造所に到着した。

 シャンパーニュは手摘みが法律で義務付けられているが(シャンパーニュの1kgあたりのブドウ単価が、世界で最も高くなる理由がここにある)、タルランは今年雇ったヴァンダンジャーは31名。多少の入れ替えはあるが、毎年同じ数家族に依頼している。ヴァンダンジュ・ヴェルトなどを経て、収穫前の畑には選ばれたブドウが残されているので、ヴァンダンジャーは何も考えずにとにかくブドウを摘んでいく。そして彼らへの報酬は収穫したブドウの重量に応じて支払われる。

 私が収穫に参加させていただいたのは、タルランでの収穫は今年が6年目というボニー 一家。タルラン家の信頼の厚い一家である。

 

畑の畝に運搬用のカゴを並べていく

収穫の終わった畝の隣には、ブドウで一杯になったカゴがずらりと

数人しかいないようで、畝の間には常に10人前後の人間が 収穫されたブドウは迅速に醸造所へと運ばれる

 化学薬品を一切使用しないタルランの畑は当然雑草が多く、私が参加した初日は通り雨が降ったが雨上がりにはクモの巣がきらきらと光り、カタツムリがどこからともなく出てくる。そして土は柔らかく耕されているので、膝をついて畝添いに横移動していくと、あっと言う間に膝は土だらけになる。実際に畑に入ってから他の化学薬品を使っている畑を見ると改めて「ラクそうだな」と思う。
 ところでボニー一家は6年目というだけあり、仕事は早い早い!作業は畝に運搬用のカゴを並べて、その隣の畝のブドウを摘み、各自のバケツが一杯になればブドウの木越しに運搬用のカゴに放り込む、という単純な作業の繰り返しで、皆ある程度の間隔を置いて黙々と移動していくのだが、私はかなりの間隔を置いてもすぐに追いつかれる(結局畝の反対側から摘んでいくことにした)。ざざっとあらかじめ葉を取り、ちょきちょきちょきちょき、1本あがり!ってな具合である。
 ちなみに私が参加したパーセルの一つは42a。この広さを約10人で約6時間かけて摘んでいく。まさに人海戦術だ。重量報酬制はデメリットもあるだろうが、何よりもヴァンダンジャーのやる気に直結し、それはぎりぎりの収穫日が決まった時点でより短時間に摘むことを可能とするので、よほど金銭的に余裕のあるメゾンでない限りは、悪くない支払い方法だろう。

醸造所の風景

 タルランは小規模な生産者ながら、施設面で恵まれている生産者だろう。その理由として以下の2点が挙げられる。
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所有しているパーセルは全て醸造所から近い。

 
タルランのメゾンは、マルヌ河からブドウ畑へとせり上がる斜面の中腹にある。つまり畑のど真ん中と言ってもよい。私が収穫に参加した畑も車で5分もかからない場所にあった。「運搬に時間がかかりすぎるとブドウが疲れちゃうのよ」とは、ミシュリーヌさんの言葉だ。
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圧搾機が2台ある。
 エペルネ、ランスに拘わらず、大手のシャンパーニュ・メゾンで圧搾機を持っていないメゾンは案外多いそうだ。その場合各村にあるコーペラティヴに圧搾を依頼し、その果汁のみを醸造所に持っていくことになるのだが、どちらが理想的であるかは明らかだろう。しかも2台所有しているので、各パーセルの収穫日が重なっても、パーセル毎の圧搾が可能だ。

ちなみにメゾンの目の前はコーペラティヴだ。これもいざという時に、なにかと便利かもしれない。
 

カーヴに到着したブドウは、まずは醸造所入り口の仮設事務所横に設置された量りで、12カゴ単位で重量を量られる。この数字を横に設置してあるパソコンに即入力する。こうすることによって、最終収量のチェックや、各パーセルの作業進行状況、またヴァンダンジャーへの報酬も管理できる。このデータベースには糖度等も判明次第入力していくので、品質の管理だけではなく、酒税管理のデータの一つにもなる。

 

ブドウ到着

ブドウの重量を量る

最も若い「ムッシュウ・タルラン」は12代目にあたり、現在26歳。データ管理から力仕事まで何でもこなす

収量、品質に問題がなければ後は圧搾機が空き次第ブドウは圧搾される。そしてタルランでは圧搾に
伝統的な木製の垂直圧搾機(4000L入り)を使用しているが、圧搾の様子は本当に力仕事と微調整の繰り返しだ。  

ピノ・ムニエ

スタート。フタが下がっていっているのかどうか分からないほど、ゆっくりと圧搾していく 圧搾機の周りの溝に搾られた果汁が流れていく 果汁はこの部分を通って、地下のタンクへ移動。ヴァン・ド・キュヴェ(2050L)とプルミエール・タイユ(500L)に分けられる
チーム・タルランの長、ジャン・マリー氏。果汁とのプルミエ・コンタクト(最初のご対面)

ゆっくりと、、、

圧搾機の動力部。果汁の流れ具合を見ながら常に微調整が行われる
1回目のプレスが終わると、圧搾機の周囲(上段のみ)を取り外す

最初の圧搾後は、こんな感じ

渦高に、ひたすら積み上げていく

積み上げる為の必須品の一つ、巨大ヘラ

再度、圧搾

再度、積み上げて、、、。平均で3−4回プレスされる

地下ではキュヴェごとに分けられたタンクの仕分けが着々と行われている。半日後には各キュヴェをどのように仕込んでいくかが決定される

2台の圧搾機がフル稼働。そしてブドウもどんどん到着

運搬に使われたカゴは、迅速に熱湯消毒後再び天日干しされ、そしてまた畑の畝へと消えていく

圧搾機も熱湯消毒。蒸気が醸造所内に立ちのぼる

シャンパーニュでは絞り粕はオー・ド・ヴィにするために、無償でコーペラティヴに渡すことが義務づけられている。この時期コーペラティヴは、毎日各メゾンに絞り粕を回収しに廻る

シャルドネ

夜が更けても作業は続けられる。圧搾機の周りにはブドウがスタンバイ

一つのカゴの重さは約50kg。そして圧搾機が1回に収容する量は4000kg、つまりカゴ80杯である。圧搾機に入れる作業も重労働だ

絞りたてのシャルドネの果汁。野性的なマスカットといった味わいで、凝縮した甘さと余韻の酸味が美味しい!

オー・ド・ヴィ行きのシャルドネの絞り粕

全ての作業は長、ジャン・マリー氏自ら行う

1回の圧搾にかかる時間は、約3時間。圧搾後の洗浄などを入れると約4時間である。43あるパーセルを全て個別に圧搾するので、最低でもこの作業は期間中に43回繰り返される。多い日で1日6−7回、2台の圧搾機で圧搾作業は行われるそうだ。12代目ブノワ氏曰く、
「この期間は10時、11時に終わることが出来たらラッキー。昨日は最後の圧搾が終わったのは夜中の1時で、後片づけが終わったのは2時かな」。
 そして翌日収穫されたブドウの第1弾が醸造所に到着するのが大体10時頃。この頃には前日のブドウの圧搾が終わっていることが望ましいので、遅くとも8時には彼らは又圧搾機の周りで各自の仕事を始めている。

 
収穫時期の風景として食事時の写真などを見ていると、とても牧歌的なものを想像していたのだが、実際はそれどころではなかった。初日は昼、夜とも初日の疲れのためか、比較的無口。話している内容も男性陣は今終わったばかりの圧搾や醸造についての仕事の話が殆どで、お決まりのシャンパーニュにも次の仕事を考えてか、よく飲んで2杯くらいしか手を付けない。食事の途中にも各自の仕事の進行具合を確認するために何度も席を立ち、誰とも無しにさて、と席を離れると1分後には皆仕事に戻っている。なぜ醸造所の片隅に仮設で食堂があるのかが、今更ながら理解出来た。そしてミシュリーヌさんが言った「偉大な日(le grand jour)」が始まっていることを改めて実感するのだった。

収穫開始2日目の昼食時。果汁の糖度の高さ、天候を含めある程度安心材料ができたせいか、空気もだいぶ和やかに。この日のメニュウは

サラダ
ジャガイモのグラタン
ポークのロティ
フロマージュ
カシスとヴァニラのアイスクリーム


そして勿論シャンパーニュ付きである。右手前の女性はタルランのキュイジニエール。その奥がジャン・マリー氏と、ミシュリーヌさん。写真を撮る前のセリフはもちろん「Pour 2002(2002年を祝って)!」

ジョルジュおじいちゃんと、ブノワ氏

若い従業員。左の彼はタルランで働いて8ヶ月。右の彼は今日で2日目のアルバイト君

圧搾の微調整は、主に彼の仕事

訪問を終えて

大洪水に見舞われた南ローヌ、ラングドック地方に続き、ボルドー左岸ではやはり収穫の真っ最中に雹(ひょう)が降った。天候に恵まれなかったボルドーにとってはまさに泣きっ面に蜂、である。パリのワインショップの人達と話していても彼らは「2002年は、どこも難しいよなぁ」と肩をすくめる。
 そんな中で天気予報を見る限り、9月に入ってフランスが全般的に雨の時にもシャンパーニュは比較的晴天続きだった。タルランでは私が見た限りだが絞りたての果汁のアルコール換算糖度は平均して10−11度。最高に熟した時で12度、最低で8度くらいの時もあると言うから、現時点ではなかなか順調である。

 2002年。フランス・ワインの残された望みの星の一つにシャンパーニュはなりうるのではないだろうか?

 

糖度計。写真左端の黒い部分に果汁を付け、右のレンズ部分を除くと糖度とアルコール換算値が見える。圧搾機の周りでは「オーンズ・デグレ(11度)!」「セ・ヴレ(本当か)!?」と、皆で嬉しそうに糖度計を回し見する風景が何度か見られた



番外編:タルランのオーベルジュ

今回宿泊したのは、タルランのオーベルジュ。オーベルジュと言っても簡単な「B&B(Bed&Breakfast)」だが、なかなかどうして、素敵である。
 まずは、環境!タルランのメゾンはウイィの村の中でもかなり高台にあり、部屋からの眺めはもちろんのこと、朝夕の冷気、都会には無い透明な昼の日差し、星空、それら全てが「シャンパーニュの畑の真ん中にいるんだ!」と実感させてくれる。
 部屋は清潔で広く、快適だ。またオーベルジュには共同のキッチンも付いていて、調理器具、食器類、そして簡単な調味料も完備されている。もちろんメゾンで買ったシャンパーニュを冷蔵庫で冷やして置いて、好きな時に飲むこともできる(持ち込みもOK)。4部屋しか無いが、その分よりプライヴェートで、静かであり、隠れ家的魅力に溢れている。私は到着したその夜はスーパーで買ってきたものを調理して、隣の部屋のドイツ人とフランス人の夫婦と一緒に外に出したテーブルで夕食を楽しんだ。シャンパーニュの夜気を感じながら、次から次へとボトルを開け、フランス語とドイツ語のチャンポンで過ごした時間は忘れがたい素敵な思い出だ。
 エペルネの街からも遠くないので(車で約10―15分)、夕食をエペルネで楽しんでも十分に帰ってくることが出来る。
 ところで料金の方だが34ユーロ(1人)―55ユーロ(4人)。はっきり言って格安だ。エペルネ方面で宿泊する人には、もう一歩足をのばしてみることを是非、おすすめする。
(冬季は営業していない。電話:33(3)26 58 30 60)

写真では分かりづらいが、バスルーム、クローゼットに続く部屋の奥行きはなかなか。広い。部屋にはポプリの良い香りが しかし何と言っても、部屋から見えるこの眺め!ヴァレ・ド・ラ・マルヌにいることを実感 朝食はこちらで。バケットと、オレンジ・ジュース、カフェというシンプルなものだが、手作りのジャムの中には「シャルドネ・ジャム」なんかもあり、楽しい


Mille merci a tous et a bientot !