Chateau YVONNE 〜私の、求めるワイン〜

(Saumur 2003.7.30)

 

 

 

伝統的であると同時に、新しい流れが恐ろしい(?)スピードで取り込まれていく銘醸地、ロワール。そして1996年に創立されたばかりのシャトー・イヴォンヌもその流れを造り出す、Obligatoire(マスト)な生産者の一人である。

 このシャトーを率いるのは、自然派ワイン・ファンという域を超えて多くの層から評価と尊敬を集めるかのClos Rougeard(クロ・ルージュアール)のシャルリー・フーコー氏の奥様、マダム・フランソワーズ・フーコーである。

シャトー・イヴォンヌの「ソーミュール・ブラン」のボトル。

 

シャトー・イヴォンヌ

 
奥様、そしてフランス語が持つ「マダム」の響きは日本人にとってハイソ(かつ深窓)なイメージがあるが、酷暑ゆえ異例の成長の早さを見せるブドウ畑からバンで駆けつけてくれたマダム・フーコーは、気持ちよい豪快さとチャーミングさが入り混じる、しかし「女史」「女傑」等という気負いは全く無いパワーに満ち溢れた女性であった(よってこのレポートでは親愛と尊敬を込めて「フランソワーズさん」と書かせて頂く)。

 フランソワーズさんが現在手がけているワインはソーミュール・シャンピニィ(赤、カベルネ・フラン2ha)とソーミュール・ブラン(2種類、シュナン・ブラン4,5ha)であり、彼女の畑で実践されているのはビオディナミである。

「ビオを実践している理由?土を健康に保たないといけないのは余りにも私にとって『当たり前』だからねぇ。自然の摂理に合った『月カレンダー』を用いるのも農業の知恵。そういう意味では今更『ビオです』ってラベルに書いたりして、その部分をことさら強調する必要もないと思うわ」

そうあっけらかんと話す彼女の畑仕事は既にエコセール(有機栽培を認定する機関)にも認可されているが(2001年〜)、たった一時間強の訪問の間でも透けて見えるのは、フランソワーズさんがエコセールの認定基準など軽く超えた「半端ではない忠実な畑仕事」をしているということだ。一例を挙げればその「短い剪定」であろう。

「短い剪定」とは房を付けるべき枝が伸びる「芽」を冬の本剪定時に選び抜き、その数を最小限に減らす(枝を短く切り落とす)ことである。「ブドウ樹の冬眠期」に行われるこの作業が「春の目覚め」後のブドウ樹のサイクルを決定する重要なものであることは言うまでもないが、「短い剪定を行う」ということは簡単に説明すれば、「目覚め後」に「芽が数個しか残されていない!」と気付いたブドウ樹がその数個に集中して自らの生命(良いブドウを成らすこと)を託す、ということなのである。短い剪定を行う生産者が「後で行うヴァンダンジュ・ヴェルトじゃ遅すぎ」と言う理由の一つは、ここにある。しかし「短い剪定」を行った時点で生産者は多くのリスクを背負うこととなる。なぜなら「保険の芽」が残されていないことは、もし春の遅霜などが芽を襲えば「その年の収穫はゼロ」になる可能性もあるからだ。そしてその「短い剪定」を行った結果、彼女の畑で得られる収量は平均して22−23hl/ha。25hl/haを超えることは決して無い。この数字はこの地で認可されている収量の半分以下である。

またビオディナミでは様々な「煎じ薬(煎じ薬の種類については当HP、「ブルゴーニュにおけるビオの動向」を参照してください)」が畑の手入れに活躍するが、フランソワーズさんはこの「煎じ薬」も全て自らの手で手がける。手作り=良質という図式は全てには当てはまらないが、少なくとも自らの畑の状態を把握しているからこそ、「煎じ薬も自ら造りたい」という思いに至るのではないだろうか?

 

醸造においては「野生酵母」「SO2を極力控える」「補糖は一切行わない」等、「自然派ワイン」を目指す生産者の多くが実践していることを彼女も行っていることも重要であるが、特筆すべきは「100%新樽熟成である(熟成期間はミレジムによるが12−18ヶ月)」ことであろう。フランソワーズさん曰く、

「ボワゼ(樽香が強いこと)なワインは、勿論私が望むことではないわ。でも新樽=ボワゼである、というのは間違いだと思う。新樽には力だけではなくピュアな繊細さがあるし、ポテンシャルのある樽とポテンシャルのあるブドウが出会った時に、そこに両者の要素が溶け合って『フィネスがあるワイン』が生まれるわ。どちらの力が勝ってもダメ。一点のバランスよ。もちろんポテンシャルのあるワインを得るためには、さっきも言ったようにまずは収量を剪定の時点で抑えることが、とても重要だけれどね」。

SO2添加量を抑えるために酸素供給が活発な新樽を控える生産者も多く、同時にソーミュール、ソーミュール・シャンピニィというアペラシオン(実際のポテンシャルは素晴らしい)において、「100%新樽」というのは飲み手の常識をも覆している。SO2を極限まで抑えながらここまで新樽を駆使しているのは、昨年ベタンにおいて「DRCに匹敵する」と評価を受けた、サン・ロマンのシャソルネイが私の知る限りでは挙げられる。

「私はね、結局『私が、求めるワイン』を造っているの。私は長生きするつもりだし、じゃあ自分が仕込むワインは長熟であって、かつ自分の好きな味でないと、ね」。ははは、と屈託無くフランソワーズさんは笑うのである。

 

テイスティング

 

 

 今回のテイスティングは以下。

     ソーミュール・ブラン 2001

     ソーミュール・シャンピニィ 2001

(注:白は「ソーミュール ル・ゴリー(Le Gpry)」も造っている)

 

 ソーミュール・ブランの香りにあるのはアカシアの蜂蜜や、ノワゼット、カリン、アプリコット、ひいた白コショウ、葱の芽のような辛味等で、現時点では新樽由来の少しセメダインのような揮発性の香りもあるがこれは綺麗に溶け込んでいくだろう。味わいには厚味が十分にありながら、ロワールでしかあり得ないねっとりと余韻の長いミネラルやその苦味、透明感のある芯の通った酸味が顕著で、濃く旨味のある辛味と一緒に、複雑かつバランス良く溶け合っている(テイスティング・ノートはハート・マーク印。後日2000年の同銘柄を当HPお馴染み「GCC」で試飲したが、主催者須藤さん曰く、「こりゃまた凄いの持ってきたね〜。熟成するワインならではの固さがあるし、今飲むならカラフに入れなきゃ。白焼きの鰻に、山椒を軽く振って合わせたいねぇ」とコメント)。

 また赤のソーミュール・シャンピニィには、熟した黒い果実(カシス、プルーン、黒サクランボ)や黒いスパイス(黒コショウや丁字)、また少しの優しい檜風呂香(?)があり、この檜風呂香が不思議とワインをより骨格のあるものに見せている。タンニンは一般的に難しかったと言われる2001年とは思えないくらい熟して細やかなのだが、根底にある酸味とともに良い意味で「固さ」が残っている。

 そして2本のワインは、ピュアで自然な透明感のある味わいでありながら、俗に言う「ビオビオ」した開きや過熟感、柔らかさ(下手すると「手作り地酒」になりかねない際どさ)というよりも、あくまでもフランソワーズさんの言葉通り、「10年以上の熟成」を想定して造られたワインの特徴を多く持つことが最も印象に深く残る。ちなみに瓶は瓶底の深い重いもので、コルクもボルドーの格付けシャトー並みに長い。

 

訪問を終えて

 

すみません、美しい穴居式カーヴでの写真を全て失敗してしまいました、、、。フランソワーズさんの作業用長靴(赤なのが女性らしい)に入る、彼女の子猫ちゃん達。

 「醸造者と言われるよりも、『ブドウ栽培者(Viticulteur)』でありたい」と語るフランソワーズさんと一緒に畑を抜けて帰路に着く途中、息子さんであるアントワーヌさん(アントワーヌさんもドメーヌ・デュ・コリエ:Domaine du Collierを設立したばかり)が働く畑を通過した。畑ではトラクターのタイヤ部分に問題が発生したらしく、「ちょっと待ってね」とバンを飛び降り、自らトラクターを操って息子さんと一緒にタイヤの微調整を試みるフランソワーズさん。タイヤの問題が一件落着すると、「新しく植えた区画、やっぱり間隔が悪いんじゃないの?最後の列、あんな際まで植えてどうするつもり?」とアントワーヌさんにゲキを飛ばす。

 その男らしい(?)姿はまさに、畑にずっといた人そのものである。Viticulteurであるためには女性であろうとも、自分の哲学を貫くために必要な全ての技術が必要なのだ。言葉で言うほど甘い世界では全く無い。

 そのフランソワーズさんに最後にこう聞かれた。

「あなたは試飲していて、『このワインは土と真面目に働いている生産者のもの』だって、はっきり断言できる何かはある?」

 余韻だと思います(私がこう答えたのには色々な根拠があるのだが、長くなるのでここでは割愛する)、と答えるとフランソワーズさんは面白そうに余韻に関する一つの例え話を教えてくれた。「ちょっとお下品な例えだからホーム・ページには書かないでね」とフランソワーズさんから言われた以上約束は守らなければならず(?)、しかし彼女の例えはここで書けないのが残念なほど絶妙に分かりやすいものであった。ただ「お下品な例え」というのは誰が言うかによって、決して下品には聞こえないものである。そしてフランソワーズさんのワイン自体が力を込めても飲み手を自由に楽しませる、良い意味での「抜け」があり、「土」を感じることが出来るワインでありながら「野暮ったさ」とは一線を画したものであることを、最後に述べておきたい。

 

(追記)

 世紀の暑い夏についてはフランソワーズさん曰く「存命している人(!)が比較できるミレジムで言えば1947年以来ではないかしら?でも雨で悩まされることの多いこの地にとって、『酷暑』は『長雨』よりも深刻ではないわ」とのこと。後日ロワール委員会の人と話す機会があったが、「赤はカベルネ・フラン、白はシュナン・ブランが2003年は特に有望」とのこと。そう、この2つははまさにソーミュールを代表するセパージュである!