8/ 21〜 23 〜ストラスブールの街角で〜 |
今回のORGANISATEUR |
ベタン片手に自分でアポ取り。
今回のチーム・デギュスタシオン |
私一人。
今回のスケジュール |
8/21
ストラスブール着
8/22
午前中ストラスブール散策
コルマールへ移動
17:30 Domaine Gerard SCHUELLER et Fils訪問
8/7
帰パリ
先週まではダンナ始め最高7人での生産者巡りだったが(しかも車付き)、今週はうって変わって私一人。ヴァカンスの余韻の残る場所に南下するよりは、進路を変えてひたすら東へ。お目当ては渡仏後、ナチュラル・ワイン派(?)達に力強く勧められ、その後の試飲で「マスト」に変わった生産者、ジェラール・シュラーただ一人。
Beaucoup de SCHUELLER(シュラーさんだらけ)!?ドメーヌまでの道のり |
ドメーヌ・ジェラール・シュラーはコルマールを少し南下したHusseren―les―Chateauxという村にある。気を付けないと車ですぐ行きすぎてしまうような小さな村に着き、タクシーの運転手に「で、どこまで?」と聞かれ、「シュラーさんちまで」。あいよっ、と運転手はフランスのワイン生産地ならどこにでもある、生産者の名前が方向別に書かれた看板の前に車を止めた。
「で、どのシュラーさん?」あらら。シュラーさんだらけ。日本の田舎に来たようだ。「あ、あの、ジェラールさんです」「無いねぇ」。確かに無い。こんなにシュラーさんは沢山いるのに、なぜかジェラール・シュラーは無い。とりあえず最寄りのシュラーさん宅に行き、ジェラール・シュラーの場所を聞く。ジェラール・シュラーはどうやら教会の真横にあるらしい。そう言えば電話でジェラールさんもそう言っていた。とりあえず村で唯一の高い建物であるがゆえ、どこからでも見える教会を目指して車を走らせる。
しかし教会へさしかかるところで、いきなり道はコート・ロティの山道を思わせる急傾斜かつ、狭い登り道となる。この道をクリアしフィニッシュ!と思いきや、教会を取り囲むように民家が続く。特にヴィニョロンらしい看板も出ていない。どの家がドメーヌ・ジェラール・シュラー?約束の時間を遅れていたせいもあり、焦る。住所はRue des Trois Chateauxとなっているのだが、そんな名前の通りもない。
そこへ一人のお婆さんが。こんな時、田舎は誰に聞いても皆の家を知っているので助かる。するとあっさりと10メートルも離れていない門を指さし「そこよ」。でも通りの名前が違うのでは、と思いながら教えられた門の中を覗くと、そこには初めて会うジェラールさんの姿が。よく見ると丁度彼の家のところで通りの名前が変わるとは思えないくらいの微妙な角度で道は曲がっており、通りの名前の標識は、彼の家から伸びる蔦で隠れていた、、、。遅れたことを詫びると「でも簡単でしょ。教会のすぐ側で」。(はい、次回からは簡単だと思います、、、)
ここで私の数少ない生産者訪問の中で、到着が困難な生産者ベスト3を選んでみた。
@ クルトワ家:総合的に困難(最寄りの駅からも遠く、村に入っても分かりづらい。村の住人すら知らない)
A グラムノン:最寄り駅から単純に遠い(タクシーで片道60ユーロ近く。パリーシャルル・ド・ゴール空港間より遙かに遠い)。
B ジェラール・シュラー:初回は難しい。2回目からは問題無し。
というところか。
ところで、ドメーヌ・ジェラール・シュラーのあるHusseren―les―Chateauxという村は、本当に美しい。村に近づくに連れ、南西向きのブドウ畑の斜面が夕方の日を浴びてオレンジや、ピンク、黄金色に輝いて目の前に迫ってくる。そして8時過ぎにドメーヌを出た時に、高台にある教会側から見た風景も忘れられない。畑や隣りの村の様々な丘が、一日の最後の太陽を吸収していくかのように、ピンク色と夜の始まりである透明の紺色の中で霞んでいる。
カメラを取り出さなかったのは、デジカメのチップのメモリーが殆ど無かったからではない。ジェラール・シュラーのワインの心地よい酔いに身を任せて、少しでもタクシーの車窓の風景を目に焼き付けたかったからだ。
ストラスブールの街角で |
今回のお目当て、ジェラール・シュラーに限らずアルザスの生産者巡りをするのなら、ストラスブールよりもオー・ランに近いコルマールを拠点にする方が、大抵は都合が良いだろう。ただ私自身が先週のヴァカンス気分が抜けておらず、アルザスまで行くのなら何となくストラスブールも見ておきたかった。クローネンブール・ビール工場見学なんてのも楽しそうだ(結局どこに行っても酒?しかし要予約のこの工場見学は、夕方の1回を除き全て満員で諦めることに)。
しかしストラスブールも遠い。到着まで急行で黙々と4時間。同じ4時間でも急行の4時間は体感時間が違うのだ。そして前回のコルマール滞在時より今回は街をゆっくり見ることが出来たのだが、街の風情も何となく普段見慣れているパリとは勿論、生産者訪問のために訪れた幾つかの小さな町とも違う。非常に陳腐な表現だがトラムの走る街並みは、学生時代に1週間ほど訪れたドイツに近い。いや、街並みだけでは無い。街に流れる空気の「清潔感」のようなものが私の見てきたフランスと何となく違う。ストラスブールに感じる遠さはフランスそのものからの遠さでもあるのだ。
ホテルのレセプションで教えられた「こてこてのアルザス料理を楽しめる、そう高くないレストラン」は、旧市街でも観光名所の一つであるノートルダム大聖堂前の広場の一角にあった。ノートルダム大聖堂を常に視界に入れながら、ギュスターヴ・ローレンツのクレマン・ダルザスをアペリティフに飲む。
―ヘンな大聖堂だな。―
フランスのどこに行っても「城壁は白灰色」と思いこんでいた私にとって、ヴォージュ山地から切り出した赤色砂岩から造られたというこの大聖堂の褐色の肌は、かなり異様に映る。加えてこの大聖堂の形ときたら。1本の尖塔が空高く天に伸びているだけ。少し魔法めいて見える。先週見てきたばかりの、ルーアンにあるモネの大聖堂とは全く違う。少なくともこの大聖堂は印象派の題材にはならないだろう(後で聞いた話だが、こういう色合いの建築物はドイツではそう珍しいものでもないらしい)。
シュークルートをつつきながら時々耳を澄ますと、まだヴァカンスシーズンが続いているせいか、耳にする英語とそしてドイツ語の多さ。そして私の話すフランス語には、よくあることながら英語で返される。フランスにいて、久しぶりにここが私にとって「異国」であることを感じた。なんとなく家族のことを思い出したりする。旅愁?少し違う。自分が異邦人であることを浮き彫りにされるような感覚だ。
生産者巡りだけでなく今まで世界中の色々な街を、何の予備知識もなく歩いてきたと思う。街にはいつもその街が知らず発する空気がある。私もストラスブールがドイツとフランスで揺れ動いてきた歴史を少しくらいは知っている。でももし知らなかったとしても、この街に流れている洗練されているようで「触れてはいけないタブー」が厳然とあるような危うい空気を、きっと感じていただろう。褐色の大聖堂が闇に包まれていく様子を見ながら、そんなことを考えていた。
この不思議な街でこの夜はよく飲み、少し酔った。しんみりと楽しかった。